医療の進歩は患者に新たな恩恵をもたらす一方で、厳しい負担も強いており、その成果を十分に享受できているとはいえません。例えば、臓器障害においては、悪くなった部分をできるだけ早く発見し、投薬や手術などによって進行をとどめるだけであった医療に対して、今では臓器移植という方法で再生医学の研究成果の一端が治療に生かされるようになりました。ただ、移植の現状を見ればわかるように、その普及には多くの問題を抱えています。一つには、移植を待つ患者の数に対する圧倒的なドナー(臓器提供者)不足です。そしてもう一つは、臓器移植を終えた後に拒絶反応を抑えるために投与されなければならない免疫抑制剤の副作用などとの闘いです。それは必ずしも近代医療への同化ではなく、たんに「工業化された」薬草として買い求められているにすぎないのだ。
高齢化や医療費の増加にともない、医療事務技能者のニーズはますます高まっています。総合病院、診療所、歯科医院など多くの医療機関で専門職として働けます。従来の医療を否定するのではなく、現在必要な最善の方法を見いだすために、私たちスタッフはさまざまな療法から最新の医療システムにも精通した理解を持っています。高度先進医療は、新しい医療技術の出現や医療に対するニーズの多様化に対応して、先進的な医療技術と一般の保険診療の調整を図る制度。保険診療をベースとして、別に特別な料金を負担することにより、先端的な医療をうけやすくする。この現実を直視すれば、近代的な薬品の普及を単純に近代医療の普及と理解することはできないのである。
統合医療は単なる「寄せ集めの医療」ではなく、安全で心地よい治療を目指して先端的医療に代替医療を組み合わせながら作り上げる、人に優しい医療を提供したいと願っています。医療援助などの名目で外部から導入された近代医療が、人びとの身体観や病気観によって土着化したり、近代的な治療方法が人びとに不安を与えて宗教的なるものへの傾斜を深めたりするものだが、ところが逆に中央アメリカでは、神父たちによるカトリック運動が土着的な呪術的治療を糾弾して近代医療の普及に貢献したりする。病気にかかると人びとは自己投薬行為をする。ところが、こうした近代的な薬品の普及を単純に近代医療の普及と理解してはならないと著者はいう。