目標ではなく、よりよい生活のための手段である。

健康とは、身体的、精神的ならびに社会的に完全に良好な状態であり、単に病気や虚弱でないことに留まるものではない。到達しうる最高度の健康を享受することは、人種、宗教、政治的信念、社会・経済的条件の如何にかかわらず、全ての人類の基本的権利の1つである。現在は複雑・多様化した社会のため、個人の健康観、ライフスタイルは様々なものになっている。健康については目標ではなく、よりよい生活のための手段として考えられるようになっている。そして、健康は他に与えられるものではなく、個人個人が日々の暮らしの中から年齢や体力、生活様式に応じて自分に適したものを獲得し、守っていくものとなっている。そのため、医学・栄養学・体育学・心理学・社会学など、健康に関する科学を総合化し、それに基づく積極的な実践が必要とされる。このことから、健康の定義は以下のようにするのが現代的ではないだろうか。

病気ではないことと、健康であることを同じだと勘違いする。

健康と長生きは昔から多くの人の願いであった。近年、日本の平均寿命は大幅な伸びを示し、世界一の長寿大国となった。数字の上では世界最高水準の健康が得られることになる。しかし、本当に健康で長生きできているだろうか。自分は健康だと思っている人は80%を超え、健康に自信のある人が半数を超えていても、調べると本当に健康な人はわずか5%しかいない。病気ではないことと、健康であることを同じだと勘違いしていることもありますが、重金属で汚染された空気を吸い、塩素入りの水を飲み、栄養価が激減した促成栽培野菜や化学合成物質漬けの加工食品を多用し、肉、動物性脂肪、砂糖の多い欧米化した食事をする。

健康人には健康増進活動、病気の人には治療が必要となる。

この基準をもとにすれば、すべての人は病気という概念があり、健康と病気の間には健康ともいえないが病気とも言えない中間状態、”半健康”状態があり、”半健康人”と言う言葉が生まれている。そして、半健康に対しては、栄養指導を含めた予防活動が重要であり、健康人には健康増進活動、病気の人には治療が必要となる。健康増進は生活習慣で決まります。人は「食」と「心」でできていることを心底理解することが大切だと学びました。このような健康教育の欠如からくる健康に無知・無関心のまま行動する生活習慣が招いた結果なのでしょう。